なんかもう駄目かなあ



 ぽつりと独り言のようにこぼれた呟きに、思わず目を剥いたのは仕方ないと思う。
 僕と同室の鉢屋三郎は、幼なじみでくの一教室のという子に恋をしている。
 いい子だよ、いたずらはしないし大人しくて口調の丁寧な女の子。
 三郎には遠慮なく言いたいこと言ってるみたいだけど、それは気を許しているからだと思う。
 ただ好意を伝えたいのは分かるんだけど、はっきり言って鬱陶しいよ。
 さんもよくあの相手してられるよね。うん、尊敬する。
 僕に変装し続けるきっかけが、さんが僕に変装した顔を見て「かっこいい」と言ったかららしい。
 頭はいいはずなのに、残念だよね。いろいろと。
 なんだか常に空回っていて、だんだん気の毒になってくるよ。
 でもそんな何度もめげずにいたのに、突然どうしたんだろう?
 冷たくされた?いつものことじゃない。
 …ああ、はいはい。いつもはもう少しマシなんだね。

「…初めて、帰れと言われたんだ。
 今まで適当にあしらわれることはあっても、拒むことなんてなかったのに…」

 むしろ僕はそんな扱いをされてもめげない君に驚くよ。
 そしてそのしつこい君の相手を続けてるさんを尊敬する。
 いっそ泣けばいいのに、三郎は変なところで不器用だなあ。
 …でも、こんな奴でも僕の親友だ。
 明日、さんに話を聞いてみよう。










 …と思ったものの、くのたまと接触するのって難しいんだよね。
 どうしたものかなー…、

「あっ、不破君!」

 噂をしたわけじゃないけど、ちょうどいいところに来てくれたね、さん!…ん、あれ?

「ねえ、さん」
「なんですか?」
「そういえばさんって、僕と三郎を間違えたことなかった…よね?」
「? そうですね」
「どうしてか聞いても?」
「んー、どうしてと聞かれても困るんですが…、そうですね、ちょっとした仕草とか、あとは勘です。
 三郎のことは間違えたくないので」

 え?それって、

「その話、もっと詳しく!」
「わっ、え、えっ?」

 驚かせてごめん。でも、今の台詞は聞き流せないんだよ。

「どうして三郎のことは間違えたくないの?」
「えーっと、聞いても面白くはないですよ」
「それでも聞きたいんだ」

 僕が聞く体勢になると、諦めて話す気になってくれたみたい。
 三郎とのやり取り見ていても思ったけど、押しに弱いよね。流されやすいというのかな。
 まあ、今はさんの話を聞こう。

「私、里の子どもの中で敬遠されていたんです」
さんが?」

 なんか意外だ。人当たりの良さそうな子なのに。

「小さい頃からこの口調でしたし、他にもいろいろとあったんです。そのへんは割愛します。
 基本的に話し相手は両親だけで、友達と遊ぶことはなかったんです。
 だから、三郎が初めてだったんです。普通に話しかけてきてくれて「一緒に遊ぶぞ」って誘ってくれたのは。
 あの時から三郎は私にとって『特別な』幼なじみで、友達なんです。
 大事だから、間違えたりなんかしたくないんですよ」

 …ああ、なんだ。 僕が心配することなんかなかったじゃないか。
 三郎、君は十分さんの『特別』だよ。君の気持ちと同じかは微妙だけどね。
 あっ、そうそう、これも聞いておかないと。

「じゃあ、どうして昨日三郎を追っ払ったの?」
「テストがあったので」

 即答。わざときつめに言ったのに、即答された。

「テスト?」
「テストです。成績に響きます」

 真面目に言ってるん、だろうな…これは。

「ちなみに不破君」
「うん?」
「私達の里のこと、三郎からなんと聞いていますか?」

 い、いきなりだね!?

「え、えっと、忍の里で、三郎のお父さんが頭領だってことくらいしか知らないんだけど」
「思った以上に筒抜けですね。まあ、気の許せる友人がいるのはいいことです。
 三郎の父が頭領だと知ってるなら話が早いです。
 私が忍術学園に通う学費は、その頭領が出してくれているんです」
「えっ、そうなの!?」

 それは初耳だ!?

「実はそうなんです。
 いたずら好きでお茶目な頭領です。ちなみに割と思いつきで行動されます」

 あ、今三郎と血縁関係を匂わせる単語が聞こえてきた。

「そもそも私を忍術学園へ通わせるよう進言してくれたのは三郎なんです」

 あー、なんとなく想像がつく。十中八九、さんと離れたくなかったからだろうな。

「? 不破君?」
「ああ、なんでもないよ。それで?」
「? つまり、三郎が進言してくれて、頭領が学費出してくれて今の私がいるんですよ。
 下手な成績を取るわけにもいきません。そんなに頭はよくないので勉強しないと成績が落ちてしまいます。
 それに、下手な成績を取って「学園を辞めろ」とか言われたら嫌ですよ。
 里で三郎が帰ってくるの待つだけは寂しいです」
「そっか」
「ええ」

 なんだ、本当に心配することなかったみたいだ。
 昨日だって三郎を追い返したのも、これから先三郎と一緒に学園にいたいからだったんだ。

「ところで不破君」
「うん?」
「三郎はどこにいるか知りませんか?
 昨日様子がおかしかったんです」
「ああ、三郎なら自室にいるよ。
 昨日君に帰ってくれって言われたのが、相当堪えたみたい」

 ちょっと意地悪く言ってみると、さんはキョトンとした。

「それはまずいですね」
「どうして?」
「三郎は何か言われても飄々としてますけど、本気で落ち込むとどんどん考えが悪い方へいってしまいますから」

 さすが幼なじみ。よく分かってる。

「情報提供ありがとうございます、不破君。それでは!」

 うわっ、早い。余程焦ってたのかな。

「…ねえ、三郎」
「っ!?」
「よかったね、気づかれなくて」
「…いつから気づいていた」
「うーん、僕と三郎を間違えないのは何故かって聞いた辺りかな」
「最初からじゃないか」
「あ、そうなんだ」

 ちょうど僕らの死角に三郎が来ていたことに気づいたのは、僕だけだったみたいだ。
 よかったね、三郎。さんに気づかれなくて。

「ねえ、ちゃんと三郎は『特別』みたいだよ」
「…ああ」
「嫌われてなんか、いないよ」
「…ああ」

 さっきから同じ返事ばっかり…わっ、変装してるのに顔真っ赤。器用なことするなあ。
 でも僕の顔でするのはやめてよね。気持ち悪い。

「ねえ、これでも諦めちゃう?」
「…嫌だ、諦めない」

 うん、その言葉が聞きたかった。

「なら早く追いかけなよ。
 三郎は自室だって言っちゃったんだから」
「ああ…、雷蔵っ」
「なに?」
「恩に着る!」
「…どういたしまして」

 さてさて、これで親友の恋が進展すればいいんだけど。
 為るように成る、かな。





'11.8.4〜'11.8.25 拍手公開。